最初のWebサイトは、200ドルだった
Lydia Kerrは現在、ブランド戦略やアートディレクションを手がけるデザイナーだ。
しかし最初から、企業が1万ドル、2万ドルを払うデザイナーだったわけではない。
最初に作ったWebサイトの料金は、
200ドル。
ロゴ。
小さなWebサイト。
結婚式の招待状。
Tシャツ。
頼まれれば、かなり何でも作った。
それが数年後には、
1案件1万〜2万ドル。
そしてデザイン事業の売上は、
月2万ドルを超える規模
まで成長した。
同じ人間が、
同じようにパソコンの前でデザインをしている。
それなのに、
なぜ200ドルだった仕事が1万ドルを超えるようになったのか。
Lydiaの話を追っていくと、
「デザインが上手くなれば高く売れる」
だけでは説明できない。
むしろ途中で彼女は、
あることに気づいている。
200ドルを払う客と、1万ドルを払う客は、そもそも同じ客ではなかった。
本業はマーケティングだった
最初から独立するつもりだったわけではない。
Lydiaは大学卒業後、マーケティングの仕事に就いた。
当時の年収は、
3万6,000ドル。
本人によれば、最初は「夢の仕事」だと思っていた。
しかし実際に働き始めると、少しずつ疲れていった。
自分で何かを作るより、
クリエイティブチームや外部の制作会社を動かす側にいることが多い。
Lydiaが欲しかったのは、
もっと自分で作る時間だった。
そこで本業を続けながら、
横でデザインの仕事を始めた。
立派な事業計画があったわけではない。
簡単なWebサイトを作る。
Instagramのアカウントを作る。
そして、
「デザインできます」
と周囲に話す。
すると友人や知人から仕事が来るようになった。
ロゴが欲しい。
Webサイトが欲しい。
招待状を作ってほしい。
口コミで少しずつ仕事が増えた。
Lydia自身、当時は何をやっているのかよく分かっていなかったと振り返っている。
ただ、
仕事は来ていた。
まず目標にしたのは、年3万6,000ドル
Lydiaには明確な数字が一つあった。
本業の給料、
3万6,000ドル。
副業のデザイン収入がこれに追いつけば、
会社を辞められる。
だから本業を続けながらデザインをした。
そして数か月で、
その水準に到達する。
Lydiaは会社を辞め、
2018年にTelltale Design Co.へフルタイムで取り組むようになった。
ただし後になって、
一つ計算を間違えていたことに気づく。
会社員の3万6,000ドルと、
事業の3万6,000ドルは違う。
事業には、
税金もある。
経費もある。
ソフトウェア代もある。
会社が負担していたものを、
今度は自分で払わなければならない。
それでも、
もう会社員には戻らなかった。
ここから、
Lydiaはデザインを「副業」ではなく、
事業として作り直していく。
200ドルの客に、2万ドルの商品は売れない
最初の顧客は、
友人。
知人。
小さな事業を始めた人。
個人でブログをやっている人。
駆け出しのフォトグラファー。
そうした人たちだった。
彼らにとって、
500ドルでも大きなお金だった。
だからLydiaも、
200ドル。
500ドル。
そのくらいの金額で仕事を受ける。