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40ドルの靴下を「高すぎる」と思った13歳。4年後、彼は靴下だけで年100万ドルを売っていた

17歳の高校生が、年間100万ドル以上を売る会社を経営していた。

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17歳で、年100万ドルの「靴下会社」を作った

17歳の高校生が、年間100万ドル以上を売る会社を経営していた。

売っていたのは、アプリでもAIでもない。

靴下だった。

しかも、その会社が始まった理由はかなり小さい。

2013年、アメリカ・オレゴン州に住んでいた13歳のBrennan Agranoffは、高校のバスケットボールの試合を見ていた。

そこで気になったものがあった。

選手ではない。

みんなが履いている靴下だった。

当時、周囲ではNikeのバスケットボール用ソックスが流行していた。価格は14ドルほど。しかし色は白や黒など、似たようなものばかりだった。

「これだけみんなが履いているなら、もっと面白い柄があってもいいんじゃないか」

そう考えたBrennanは、ネットで派手な柄の靴下を探した。

見つけた。

ただし、1足40ドル。

13歳にとっては高い。

そこで彼の頭に、別の疑問が浮かんだ。

「だったら、自分で作れないのか?」

13歳が、いきなり3,000ドルを借りたわけではない

ここだけ切り取ると、

「13歳の少年が突然ビジネスを思いついた」

ように見える。

実際には、その前がある。

Brennanは12歳の頃にeBayを知った。

ネットを見ると、本当にいろいろなものが売られている。

「これなら自分にも何か売れるんじゃないか」

そう考えた彼が、最初にネットで売ったものはかなり変わっている。

家で飼っていたヤギの写真だった。

そこからガレージセールなどで見つけた物を売りながら、ネット販売を少しずつ経験していった。

だから靴下のアイデアが出てきたときも、

「会社を作るなんて無理だ」

ではなく、

「どうすれば作れるんだろう」

の方に頭が動いた。

ただ、靴下に柄を印刷する方法なんて知らない。

機械もない。

そこで彼はすぐ販売を始めず、半年から9か月ほどかけて、布へのデジタル印刷、必要な機械、製造方法などを調べた。

そして事業計画を作った。

その計画を持って向かった相手が、最初の投資家だった。

両親である。

必要な金額は3,000ドル。

両親も最初は半信半疑だったという。

それでもBrennanは調べた数字や計画を説明し、最終的に3,000ドルを借りることができた。

2013年。

13歳のBrennanは、自宅のガレージでHoopSwaggを始めた。

最初の工場は、自宅のガレージ

最初から靴下工場を持っていたわけではない。

家族に手伝ってもらいながら、プリンターや熱プレス機を設置した。

そして両親には、スポーツ用品店Dick’s Sporting Goodsへ行ってもらった。

頼んだことはシンプルだった。

白いスポーツソックスを、できるだけ買ってきてほしい。

その白い靴下に自分たちで柄をプリントする。

これが最初の商品だった。

現在のスタートアップのように、製造をすべて外注してブランドだけ作ったわけでもない。

自分たちで印刷する。

自分たちでデザインする。

注文が来れば、自分たちで発送する。

本当に小さな製造業から始まった。

ただし、最初の1年は思ったようには売れなかった。

商品を作れたからといって、客が勝手にやって来るわけではない。

ここでBrennanは次の問題にぶつかった。

靴下をどうやって知ってもらうのか。

転機はInstagramだった

Brennan自身の後年の説明によれば、ビジネスが本格的に動き始めたのは、Instagramのインフルエンサーへ自分から連絡するようになってからだった。

商品を見てもらう。

履いてもらう。

SNSで紹介してもらう。

すると、注文が増え始めた。

特に大きく広がったデザインの一つが、地元ポートランド国際空港のカーペット柄をモチーフにした靴下だった。

空港の古いカーペットには、青緑色を基調にした独特の幾何学模様が使われていた。

地元では知られた柄だった。

そのデザインを靴下にすると、SNSで広がった。

ここでHoopSwaggは、

「柄のついた靴下を売る店」

から、

「人に見せたくなる靴下を売る店」

になっていった。

そしてBrennanは、もう一つ面白い売り方を始める。

バスケットボールチームに直接入っていった。

利益がほとんどなくても、100足、200足を売る

普通なら、

「どうすれば1足から大きな利益を取れるか」

を考える。

Brennanは少し違った。

高校などのスポーツチームへ、割引価格で靴下を販売した。

場合によっては無料で提供することもあった。

本人によれば、一度に100足、200足と動かせる。

利益はほとんど出ないこともある。

それでもよかった。

なぜなら、100人の選手がHoopSwaggの靴下を履くからだ。

誰かが見る。

気になる。

ブランドを知る。

さらに、最初に靴下を渡したVarsityチームだけでなく、JVや下級生のチームから追加注文が入ることもあった。

Brennanは後に、この方法について、

「まず商品を人の手に渡す」

ことが重要だったと説明している。

広告費を払って「この靴下を見てください」と表示する代わりに、実際に履いている人を増やした。

そしてクリスマスになると、その人たちが再び買いに来る。

HoopSwaggは季節性が強く、クリスマスの売上が大きかった。

だからBrennanは、

「それ以外の季節で大きく損をしないようにしながら、商品をできるだけ多くの人に触ってもらう」

という考え方で動いていた。

後年、彼は有料広告について、HoopSwaggではそれほど大きな成功を得られなかったとも話している。

むしろ効いたのは、チーム販売やファンドレイジングだった。

17歳で、1日70〜100件を発送

売上が増えると、自宅のガレージでは処理できなくなった。

家族は自宅の敷地内に約1,500平方フィート、約139平方メートルの建物を作った。

製造。

在庫。

発送。

そのためのスペースだった。

母親も会社でフルタイムで働くようになった。

2017年。

Brennanは17歳になっていた。

この頃、HoopSwaggは1足14.99ドルほどで靴下を販売し、1日に70〜100件の注文を発送していた。

年間売上は100万ドルを超えていた。

現在の為替感覚で見れば、1億円を大きく超える規模だ。

しかも彼はまだ高校生だった。

学校へ行く。

宿題をする。

そのあと会社で働く。

本人によれば、事業には1日約6時間を使っていた。

さらに奇妙なのは、これだけ大量の派手な靴下をデザインしていた本人が、色覚に特性があったことだ。

チームカラーを間違えてしまうことがあるため、両親やスタッフに色を確認してもらっていた。

それでも当時、デザインの中心を担っていたのはBrennan自身だった。

17歳で、競合会社を買った

そして2017年4月。

HoopSwaggはTheSockGame.comを買収した。

相手はカスタムソックス市場で6年間事業を続けていた会社だった。

この買収によって、HoopSwaggには200〜300種類以上のデザインが追加され、既存顧客にもアクセスできるようになった。

ここまで来ると、

「高校生が靴下を作っている」

という話ではなくなっている。

高校生が、

製造し、

ECサイトを運営し、

人を雇い、

マーケティングをし、

そして競合企業まで買っている。

さらに2018年、18歳になったBrennanをEntrepreneurが取材した時点では、HoopSwaggは約20人を雇い、700種類のオリジナルデザインを持ち、その年の売上は160万ドルに達する見込みと報じられている。

一方、前年までに年間100万ドル規模の売上へ到達していたことは、複数の報道と本人の発言で確認できる。

そして、CNNに載った

この会社にはもう一つ、かなり大きな出来事が起きている。

2017年、CNN MoneyがBrennanを取り上げた。

「17歳の高校生が100万ドルの靴下会社を経営している」

当然、記事は注目を集めた。

しかし面白いのは、その後だ。

数年後、Brennanはインタビューで当時を振り返り、CNNの記事がトップページに数日掲載されたことで、

その3日間だけで、以前なら約2年かかっていたほどの売上が出た

という趣旨の話をしている。

これは最初から計画できた成長ではない。

本人も「少しの運がどれだけ影響するか」という文脈で話している。

ただ、運だけでも説明できない。

CNNの記事が出た時点で、

商品がある。

サイトがある。

製造できる。

発送できる。

すでに客もいる。

そこまで作っていた。

だから突然何万人もの人がやって来たとき、それを売上に変えられた。

そして、そのとき獲得した客の中には、その後も買い続けた人がいたという。

40ドルが高い。それだけだった

Brennanの話を最初まで戻すと、少し変な感じがする。

始まりは壮大な夢ではない。

世界を変えたいわけでもない。

靴下市場を改革しようと思ったわけでもない。

欲しい靴下が40ドルした。

「高いな」

と思った。

それだけだった。

でも彼はそこで終わらなかった。

自分で作れるのか調べた。

半年以上調べた。

両親に事業計画を見せた。

3,000ドルを借りた。

ガレージに機械を置いた。

売れなかった。

Instagramの人たちに連絡した。

スポーツチームに靴下を配った。

利益が薄くても、まず履いてもらった。

注文が増えた。

発送が追いつかなくなった。

建物を作った。

人を雇った。

そして17歳で年間100万ドルを超えた。

ここで重要なのは、「13歳でも起業できる」という話ではないと思う。

もっと小さい。

Brennanは最初から100万ドルの市場を見つけたわけではなかった。

自分が客として感じた、たった26ドルほどの価格差に引っかかった。

普通なら、

「40ドルか。高いから買うのやめよう」

で終わる。

彼は、

「なぜ40ドルなんだろう」

「自分なら作れるだろうか」

まで進んだ。

ビジネスの入り口は、ときどきそんなところにある。

ものすごく新しい発明ではない。

世界中が困っている巨大な問題でもない。

自分が普段買っているものを見て、

「これ、もう少し違う形にできないのか?」

と思う。

その小さな違和感を、面倒だからと無視しない。

13歳のBrennan Agranoffが見つけたのは、靴下の市場というより、そこだったのかもしれない。

Sources / References