「世界の知恵が一棟に集められ、一夜にして灰になった」。アレクサンドリア図書館の物語は、失われた知識への惜別として完璧な形をしている。ゆえに語り継がれてきた。だが私たちが「燃えた」と思い込んでいるその像は、紀元前の一回の大火事を写したものではない。
炎は、複数回だった
まず紀元前48年。ローマの内戦でユリウス・カエサルがアレクサンドリアの港に火を放ち、火災が港の倉庫へ波及した——ここで蔵書の一部が失われたとされるのが最初の打撃だ。ただし当時の記録が語るのは「倉庫の書物」であり、図書館本体が全焼したとは書いていない。
その後も百年単位で「減った」記録は続く。3世紀には内乱で王宮地区が損壊し、4世紀末にはローマ帝国のキリスト教化の波で異教の施設が荒らされる。そして642年、イスラーム勢力の征服時に「書物が燃料として使われた」という逸話が、後代の史料に登場する——この話自体、成立から数百年後の記述で、史実性には強い疑問が呈されている。