1799年、ナポレオン遠征軍の一員がロゼッタで見つけた黒い石版。同一内容が三種の文字で刻まれている——この構造が、象形文字という「失われた文字」への唯一の扉だというのが通説だ。ただし、話はもう少し続く。
石は、複製されていた
この布告は、もともと神殿に複数設置されることを前提とした法令文書だった。史料的には同種の碑文(フィレのオベリスクなど)が後年確認されており、決定打とされる二重・三重表記の文書は「一枚だけ」ではなかった可能性が高い。ロゼッタの石が特別だったのは内容ではなく、三方に文字が揃った状態で現存していたことにある。
さらに解読競争そのものも、石だけでは終わらなかった。象形文字の音価を確定させたのはシャンポリオンだが、その作業は同じ時期に進んでいた他の資料の蓄積と、コプト語の知識の存在に支えられていた。奇跡の一枚、というより、材料が揃った瞬間に突破が起きた、というのが実像に近い。
失われた文字は、一枚の奇跡でなく、複数の手がかりが揃ったときに読めるようになる。歴史の解読も、たぶん同じだ。